茶の間でおま。

本とかテレビとかすきなものたち。

1993年雪組「ブルボンの封印/コート・ダジュール」

現役舞台に続いて、「メモリーズ・オブ・宝塚」にて一路さんトップ時代の舞台を視聴。

紫ともの退団公演らしいんですけど、これは酷いにもほどがあると、開いた口が塞がらんかったです。

なんで娘1があんな主人公に横恋慕して、最後に報われないまま自殺しちゃう役なわけ?ビジュアルだってどう見てもジャンヌ(@ベルばら)だし、脇役キャラだし、あまつさえそれがサヨナラ公演だなんて絶対間違ってるよねそうだよね?

納得いかんわーって眉間にしわ寄せながら見終わったんですけど、なんですってそもそも原作ではお花たんの役が主人公で・・・ってそりゃあそうだよなあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!ってひどく合点がゆきました。がしかし、なぜに主役設定をいじってまで、あの役をお花たんにやらせたんです?くどいようですけどこれサヨナラですよね???

続くミュージカルショーと銘打たれた「コート・ダジュール」でも、紫→一路→お花たん、という設定で、誰がどう見ても尋常ならざる事態になってて絶対におかしい。

わたしがファンだった時も、思うようにならなくてもどかしい思いをした人事っていうのはあったけど、それがずっと続いてて、いったい何人のジェンヌとそのファンが涙を飲んだのだろうと思うと泣けてしょうがなかったです。

今ではそれが取り繕われることなくあからさまに行われてるようで、100周年を前に、おめでたいムード一色ではないようだというのをこの頃感じております。

できるなら舞台以外のことなんて、知らないで夢見ていたかったけど、これが大人になるってことなのかな・・・

 

一路さんは正統派の二枚目スタァで、姿月あさとも同じ系統かなっておもうんだけど、先にちえたむの現代スタァっぷりにやられた後なので、お化粧とかお衣装とか楽曲とか全部がもはや古典の域で、古き良き宝塚の面影はあるんだけれども、なんせキャスティングが前述の通りなので、もやもやするものしか残らない。お花たんは悪くない、と思いたいけど、この後長い女帝時代が続くのかと思うと、その時代と重なった贔屓のいるファンの人たちのご苦労というのが偲ばれる。わたしの時代はそれが天海祐希だった。

 

一路さん筆頭に、高嶺ふぶき香寿たつき轟悠、和央ようかとそうそうたるメンツが揃ってて見てて楽しかった。まさか轟悠が理事と揶揄されるような存在になるなんてこの時代(というかその前のかりんちょさんの時代)には微塵も思ってなかったよね・・・時の流れって不思議・・・