茶の間でおま。

本とかテレビとか宝塚とか。

貫井徳郎「私に似た人」(34)

第151回直木賞候補作品。 

私に似た人

私に似た人

 

「トベ」というハンドルネームを持つ人に扇動され「小口テロ」と呼ばれる行動を起こす人たちとその周りの人たち。「トベ」はいったい誰なのか。そのフーダニットが最後には明らかにされるわけですが、その驚きはありつつも、「トベ」が誰であるのかそれはあまり重要ではなく、何かに対して怒りを持っている人がその対抗手段としてとったことなんだろうなと納得しながら読んでいたので、その種明かしはびっくりしたもののなんというか納得がいかないというかその唐突なエンディングにあっけにとられたのですが、貫井さんにとっては必要な最終章だったようで、そのあたりの意図が上手に汲めなくて悔しいです。

最近新聞の社説で今の若い人たちはこれまでにないくらいに「足るを知る」世代ではないかという文章を読んで、それはまさしくわたしの座右の銘であるのですが、社会に期待せず、夢も持たず、ただ毎日を生きていくだけでせいいっぱいという人たちが蔓延しているこの時代の不健全さはけっしてわたしの望むところではないのですが、確かに上を見ればきりがなく、ほしいものはいっぱいあるけれどもそれを見ないようにして己を律して生きているわけですが、それをギリギリの状態でいる人たちはほんのちょっと背中を押されることによってすべてを失うことになんの躊躇いもない。もともと失うものがないから。絶望の深さが恐ろしいです。

それでも社会を変えてやろうという情熱を持ってる人が存在するというのは希望じゃないかなとおもいます。どこまで果てしなく傍観者である自分がさて誰に似ているのかと自問するのはツラいですが。