茶の間でおま。

本とかテレビとか宝塚とか。

中山可穂「悲歌」(25)

「男役」しか読んだことのない中山作品を立ち読みしてみたらば最初の「隅田川」でがっつり掴まれたので読んでみました。

 

悲歌  エレジー

悲歌 エレジー

 

ヒリヒリするような百合がすき。

ああ、でも穏やかな百合も好きです。

それを期待して読んだので、残りの二編は肩透かしでしたが、それでも心に残る文章があちこちにあって、前に読んだのはなんだったのだと思いました。すきです。

「隅田川」の、追い詰められた女子高生二人の刹那の恋心が切なくて、彼女たちの破壊行為にも共感したんだけど、わたしには「好きな人のこどもを産みたい」っていう想いがなくて、そこだけは共感できなかった。これは同性だからこそこだわってしまうものなんだろうか。家族であるためには子供が必須だとそう思い込んでしまってるようで、それがわたしとは相容れなかった。

そして彼女たちのような、大人になりきれていない人間の同性への愛情は、ともすれば幻想というか勘違いというか、倫太郎先生も言うてましたけど、恋愛とは精神疾患の一種であるからして一時の気の迷いというか若気の至りというか、それだけに縛られてしまうのは非常に危険なことだと思いました。誰かを好きになる。それはとても素敵なことだけれど、それがマイナーな恋愛だからといって絶望することはないし、悲観することもないし、たまたま好きになった人が同性であっただけだって、柔軟に捉えられたらきっと人生はもっと豊かで素晴らしいものになるとおもうから。

自分の存在が、生きる理由となればいいと願う彼の物語も印象的で、それに対する「うぬぼれるな」という答えもまた心に残りました。

わたしは、誰かが生きる理由でありたい。それが愛だとおもうの。