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茶の間でおま。

本とかテレビとか宝塚とか。

こだま「夫のちんぽが入らない」(24)

話題の本を読みましたー。 

夫のちんぽが入らない

夫のちんぽが入らない

 

そういう話じゃない、とは聞いてましたが、いわゆる「入らない」ひとの話*1はとってもしんどくて逆説的に「入ることのできる」わたしというのをまざまざと思い知らされました。

わたしはふつうに結婚してふつうにこどもを産んでふつうにわりと閉ざされた狭いコミュニティの中でそれなりに暮らしていくことができてる。旦那もこどももしかり。いろいろと悩むことがなかったわけじゃないけど、でも心と体が病んでしまう事態にはなったことがない。健やかだ。だから「入らない」ことがほんとうに純粋に不思議でしょうがない。なんで?なんで入らないの??だってほかのひとのものは入るんでしょ?ということはからだの問題ではないということだよね???自分のからだとはまるで違う現象なので想像するしかないしその想像力が貧困極まりないので何ひとつ正解が思い浮かばないんだけど、これはいったいどういうことなの?入らないということがどうして起こるの????

主人公が凄絶な人生を生きる物語を読んでる最中にもそればかりが気になって、その正解が重要なのではないのだというスタンスに納得はするんだけどスッキリはしないです。だって、なんで、っておもうもん。たぶんわたしの精神とか心とかはものすごく頑丈で、もうこの世の終わりだしぬしかないって絶望を感じた時でも、それでも眠れなかったりごはんが食べられなかったりなにか不具合がからだに出てきたりしたことはなくて、それはきっとしあわせなことなんだろうなっておもうんだけど、やっぱり自分で経験できないことはなかなか理解しがたく、だからこたびも、ああ、そういうひとがいるんだなってただその事実をみとめることしかできないんだけど、当事者にとっては切実なことでもそれ以外の人間にとっては想像することも難しくて(たとえばふつうに結婚しないこととかふつうにこどもを産まないこととか)無神経な言動につながるんだろうけど、だからこそそういう事案があるのだと無知なわたしたちにちゃんと教えてほしい。教えてもらったら理解しようと努力するから。だってこの世に存在するってことを知らないものの存在のきもちを考えろとか無理ゲーにもほどがあるじゃない?

あとどうでもいいんですけどわたしは「ぽ」じゃなくて「こ」派ですかね。

cakes.mu

*1:大人の社会に「入れない」、世間で「これが幸せ」とされる家族の形に「入れない」