茶の間でおま。

本とかテレビとか宝塚とか。

宙組大劇場「神々の土地/クラシカルビジュー」

どうしても凜きらさんの皇后アレクサンドラが観たくて、とうとう宙組さんデビューしましたー!!!

凛きらさん、めっちゃよかった。めっっっちゃよかった!!!!

外国から嫁いできて旦那しか頼れる人がいないっていう状況で、でもその旦那も愛してはくれてるけど頼んなくて、そこに生まれた待望の皇太子が遺伝性の病気を持っていて、そのことで自分が責められてるように感じていたたまれなくて、ってそれものっそいよくわかるしめっちゃ見たことある風景だしすごく心が痛かった。そのせいで新興宗教にのめり込んで周りが見えなくなっちゃうのもなんか見たことある気がするし。自分の信じたものを家族にまで強要しちゃって、禁欲的な生活を強いる。それがオリガ。つつましく生活をする皇帝一家と、派手にパーティとか開いちゃう皇太后たちの暮らしぶりの対比。年頃の女の子だもの、綺麗なドレスを着てダンスとか踊りたいに決まってる。でも、母親が夜のお祈りの時間までには家に戻っていなくてはいけないって言うから。仲の良くないおばあちゃんのところに遊びに行くと悲しむから。だから。だから彼女はドミトリーを裏切ったのだ。それは娘にかけられた呪い。呪いを解く愛は、存在しなかった。

結婚した時からロシアという国に受け入れてもらえなかった皇后の疎外感と、それに耐えに耐えてきたことと、その上そんな仕打ちをしてきた人たちに許しを請うなんてこと、彼女にはできなかった。痛いほどわかる。人と関わることが苦手で、できればひっそりと静かに暮らしたいのに、皇帝一家という肩書がそれをゆるさない。恐る恐る人々の前に出てみれば、人々は指をさしてひそひそと言葉を交わす。受け入れらないことを知った皇后は、さらに内に閉じこもる。悪循環。誰も助けてくれない。逃げ出すこともできない。そんな閉塞感を打ち破ってくれたのが、きっと、ラスプーチン。そりゃ、ハマるよね。彼だけが救いだっておもうよね。皇后は彼によって救われた。皇太子の病気も治してくれる。わかる。きっと石だって壺だって買っちゃう。わかる。皇后はその住まう離宮「我が家」と言う。何度も出てきたセリフ。我が家に帰りましょう。我が家ではタバコは吸わないで。我が家にその人を入れないで。我が家。我が家。閉ざされた彼女の守るべき小さな空間。それがきっと我が家。ロシアなんてどうでもいい。国民なんてどうでもいい。戦争なんてどうでもいい。彼女にとってだいじだったのは、家族と我が家。そんなささやかな願いを持つ、そんな人だったのだと思う。血友病でないロマノフの血が必要だ、といった真風のセリフがロシアの本音。あなたが皇后だったらよかったのに、というママのセリフがロシアの本音。そんな中で生きる皇后の孤独たるや。

心まで強張り、笑顔を見せない皇后でしたが、物語の最後、登場人物が勢ぞろいする場面で妹のうらら様と邂逅したその時に見せた笑顔で泣きました。そんな風に笑えるひとなのに。なのに、そのかけらすらも見せてくれなかった。望まれない結婚。望まれない皇后。望まれないということは、存外、ダメージが大きい。絶望の中で気丈にも生きていた彼女の、その生き様がとても胸にせまってくるしかったです。

男役に女役をやらせるというのはどういう意味・意義があるのかなあってずっと考えてるんだけど、まだ答えが出ない。番手的に女役をふるしかない時もあるだろうけど、今回の凜きらさんはそうじゃないとおもうの。そしてわたしがとし子センパイの望むのも、そういう女役。そもそもはさちぴーとかに借りたお稽古着でやだやだ恥ずかしいっていうてるのを見たいっていう倒錯したアレだったんですけど、ご本人が需要なんてないよねなんてことをおっしゃったりするもんだから*1よけいに火がついて、需要ならここに腐るほどあるわ!!!!!!!ってきもちでいっぱいです。お芝居でがっつり女役をするところが見てみたい。男役がする女役の正解を見せてくれるんじゃないかなって期待してる。凜きらさんを見ておもったのは、その男役でもない女役でもない異形のものであるということが存在感を際立たせていて人物として異質なものになってるんじゃないかなってことでした。知らんけど。娘役ちゃんに所作を習ったところで付け焼刃でしかないのだから、それは求められてないんだとおもう。皇帝よりも背の高い皇后が不安げに皇帝の腕を取るその場面だけで胸が騒いだし、きっとそういうことなんだろうなっておもう。だからとっても羨ましかった。とってもいいお役だった。銀橋を裾の長いドレスで渡る場面、その裾を持つのはラスプーチンの愛ちゃんで、とっても印象的だった。その後の赤が敷き詰められた大階段で、ラスプーチンは凄絶な死をとげるんだけど、そこに居合わせた皇后というあの場面はまさにクライマックスだった。

ところでわたしは愛ちゃんがとってもすきです。タカラヅカの舞台を見るとき、やっぱりそこに立つひとたちの背負ってるものも含めて見てしまうから、だからピラミッドがしっかり構築されていない組はそれだけで雑念が入ってしまうのがざんねん。物語に入り込みたいのに、それ以外のことに煩わされてしまうなんてつまらない。愛ちゃんのラスプーチンはわかりやすく胡乱だった。こういうことができるひとなんだなーって爽快だった。

そしてうらら様の美貌という説得力の前にわたしたちはひれ伏すしかなかった。ぐうの音も出ない。最後、雪原で、ドミトリーが昔くれたロシア語の教科書はなんの役にも立たなかったと文句をいうのがすき。くそったれ!

まあ様、ご卒業おめでとうございます。

*1:そういうの求められてないよね、ってものすごくネガなきもちを持たれてることがツラい。そんなことないって誰か言ってあげて。