茶の間でおま。

本とかテレビとかすきなものたち。

京都旅vol.11

今回は山科疎水を歩くツアーに参加し、嵯峨野方面を攻略しました。

Day1:誠心院、誓願寺、矢田寺、檀王法林寺、山科疎水、永興寺、本圀寺

今回は西本願寺の宿坊にお世話になりました。まるき製パン所が近い!ということでまずはパンを調達しに京都駅からバスで駆けつけるも(9時過ぎ)やはり行列が出来てました。30分くらい待って、夜食用・明日のパン用にウィンナードッグとフィッシュバーガーとドーナツを購入。なお、写真はないです。聞法会館まで歩いて荷物を預かってもらい、朝ごはんを食べに寺町のSPICE GATEまで歩く。京風スパイス朝定食とクラフトビールをいただき、スパイスを堪能。

北上して新京極通のお寺をめぐっていく。和泉式部ゆかりの誠心院へ。門前の鈴成り輪(すずなりぐるま)を回し、本堂横の水かけ行者さんに水をかけ、和泉式部の墓所に参詣。

三角公園前の誓願寺へ。境内に扇塚。

矢田寺へ。六道珍皇寺の「迎え鐘」に対し、「送り鐘」と呼ばれる梵鐘が境内に。

三条京阪の檀王法林寺へ。門構えに比べてこじんまりとしていて意表を衝かれる。境内に幼稚園があった。

御陵駅に13時という集合時間まで時間があったので東山駅まで徒歩で移動。駅前の古川町商店街を抜けたところに一本橋があって、一本橋こんなところにあったのか!!と新鮮におどろく。映画「罪の声」のロケ地で、でもぜんぜんピンと来なくて、わたしはまだ京都をぜんぜん知らない...とおもったことを思い出した。

山科疎水を歩くツアーに参加します。

御陵駅の前に琵琶湖疎水レンガ工場跡。第二トンネル東口前の遊歩道へ行く途中で京都モダン建築のひとつであろう栗原邸を外から見学。大正期から昭和初期にかけて京都を中心に活躍した建築家で、日本におけるモダニズム建築の先駆者の本野精吾による設計。元は現京都工芸繊維大学の校長・鶴巻宅として建てられたようですが、現在は広告代理店社長栗原氏の所有となってるそう。あまり管理されてない様子で、窓ガラスが割れているのもそのままにされてるのを見るともったいないなあとおもうけど、維持するのもきっとたいへんなんだろうなと。

 

疎水に架かる10号橋は日本で三番目に古い鉄筋コンクリート橋だそうです。ちなみに11号橋が二番目に古いそうですが、ここには「日本初の鉄筋コンクリート橋」という碑が建てられてます。近年、長崎で同じ年の少し早い月に建てられた鉄筋コンクリート橋が発見されたそうですが、このまま日本初と言い続けるのでしょうか、興味深い。ちなみにその長崎の本河内底部ダム放水路橋も疎水と同じ田辺朔郎による設計だそうです。そもそも日本初を名乗り始めたのも完成から30年近くたってからのことだそうで、そういえば日本初かもって田辺博士が言うたんやとしたらめちゃくちゃおもしろいけどめちゃくちゃてきとうやなっておもうし、こういうデッカイ事業を成し遂げたわりには記録が雑やなっていうのが感想です。実におもしろい。

この時期の第一疎水は水路内の土砂の浚渫を行うため停水してるそうです。

わたしが怖いとおもった疎水の水の流れがなかったことにホッとするやらガッカリするやら。なお、水道水源は第二疎水から年中取水してるそうです。

永興寺、山科豊川稲荷社(日本三大稲荷のひとつと言われる豊川稲荷(愛知県)から分霊されたもの)、本圀寺を見学。本圀寺はもとは西本願寺あたりにその広大な敷地があったらしいけど今は影もかたちもなく、ここ山科に移転したのですね。日蓮大本山というには歴史を感じられない新しい建物たちと、あまりゆかりのない山科という土地との齟齬を感じる。寺社仏閣の建物は古くてなんぼですからね...かの寺の栄枯盛衰をおもって諸行無常に立ちすくむ。

 

加藤清正ゆかりのキンピカ宮。山科は巨石信仰が盛んだそうで、神社のあるところに巨石ありとのこと。デカい石は確かに拝みたくなる。手を触れてパワーを分けていただく。

天智天皇陵を右手に疎水沿いをすすむ。なぜ天智天皇陵が山科にあるのかというのは歴史の謎ですが、このあたりに中臣鎌足一族が居を構えていたというのも含めて歴史のロマンを感じる。山科は古い歴史のある街でもあるのですね。

展望台からは山科盆地の街が見渡せ、大きくカーブするJRの線路「山科大カーブ」を行き交う車両をしばし見物する。近くを通る京津線は、京都市内の地下鉄区間、急勾配・急カーブの山岳区間、大津市内の路面電車区間という多様な区間を一本の列車が走る「劇場路線」として知られており、日本一過酷な難所・逢坂山を通るために急勾配・旧カーブに対応した特別仕様となっている車両は一両あたり2億円と新幹線の車両並みの高額車両だそうで、ちょうど4両編成の列車が通過し、あれは総額8億円などと言って参加者一同どよめくなどした。

安祥寺川と干渉する場所に設けられた水路閣。ときめく。

諸羽船溜り。湖西線と干渉するからと元あった疎水を埋め、新しく諸羽山にトンネルを掘って疎水を通したそうです。土木工事はやることがデカくていいですね!元あった疎水跡の公園にある、第二疎水用のトンネル試作物。

四宮船溜りにて今回のツアーは終了です。やっぱり疎水船に乗らないとという思いをつよくしたのですが、ネックなのが第一トンネルの長さで、狭さと暗さを想像してちょっとためらってしまう...。毘沙門堂や随心院、勧修寺など訪れたい寺院も多いので再訪を誓う。

JR山科へ向かう途中の徳林院にて、旧東海道を往来する牛馬の水飲み場として使われていたという井戸の「通」の字が、日通の旧ロゴに採用されてると聞いて。

京都駅から聞法会館へ向かう途中で、昨年末に京都モダン建築祭で周れなかった七条界隈の建物を見学に行く。

本願寺伝道院ーー!THE 京都☆という威容を誇る西本願寺の門前に建つのが、レンガの外壁にインド風ドーム屋根という多国籍建物というのがすごい。懐のデカさを感じる。万人を受け入れるぞという西本願寺の気概を感じる。妖怪好き伊東忠太の設計ということで、妖怪的な彫刻がずらりと並んでるのもかわいい(伊東忠太が

  

 

旧村井銀行七条支店と顕道会館(浄土真宗本願寺派京都教区教務所)も(済)です。

ではチェックインして、お部屋にてひと休みー。お昼ごはんが早かったので空腹に耐えきれず、朝に買ったまるき製パン所のパンをふたつ喫食いたしました。聞法会館にはアルコールの自販機もあったので助かります。

さて、夜遊びに行くぞーと河原町方面へ市バスにて出かけるも、エネルギが切れそうだったので高島屋で夜ごはんを調達し(デパ地下のスター食堂で割引になってたサーモンのサラダと明日の朝食用にたまごのサンドイッチを追加)徒歩にて()帰宿。途中四条の地下道で映画「木挽町のあだ討ち」の衣装展やってたのに遭遇してビックリしました。めちゃくちゃひっそりやってますやん、なにこれシークレット的なサプライズ的な見つけるとラッキー的な四葉のクローバー的なやつ?????菊之助のぶんがなくて残念だったけどそれはやっぱりながおけんとてきな???って勝手に忖度してなっとくしたんだけど、別の場所で赤い振袖と番傘が展示されてたようで、見られなかったのざんねん。

宿に戻って、大浴場を満喫し、なんと日曜劇場をリアタイしました。めちゃくちゃ健康的~~。

 

Day2:西本願寺、島原、常寂光寺、落柿舎、二尊院、祇王寺、滝口寺、あだし野念仏寺、愛宕念仏寺、渉成園

6時からの西本願寺の晨朝勤行に参加する。夜明け前の境内。寒い。終わってお堂を出るころには上っていた朝日。西本願寺のデカい懐に今日も抱かれてまんぞくです。

伝道院のドームが門の向こうに見えるのがすごく「西本願寺」って風景ですき。

冷え切った足を部屋のバスタブにお湯をためて温める。昨日買ったスター食堂のたまごサンドを朝ごはんに。チェックアウトして荷物を京都駅まで運んでもらうサービスを得る。丹波口駅に向かいながら島原の街並みを見学。その前に、京都モダン建築祭で見られなかった元・京都市立淳風小学校を外から見学。

 

島原大門から入り、輪違屋・角屋の外観を見学。人々が生活している中に突如現れる大門。異世界への入り口感がすごい。 角屋さんもオフシーズンで休館中でした。

 

 

丹波口からJRで嵐山へ向かい、常寂光寺へ。紅葉の美しいお寺ということですがオフシーズンで人もすくなめ、せめて青もみじのころに来たかったナーとおもう。風景がさびしい気がするので。丁寧に手入れされてるなという印象。竹林もきれいでした。

 

 

俳人向井去来の営んだ草庵、落柿舎へ。

このあたり一帯は古くから文化人を惹き付ける場所であったんだなと、小倉百人一首を編んだ藤原定家の時雨亭などがあったりすることからもわかる。小倉餡の小倉はここの地名からだったというのは初めて知った!小倉餡発祥の地、小倉山。

 

これが見たかった景色ーーー!!ぜったいに何度も見てるはずの景色なのに(時代劇で)どれがそうなのか思い出せないんだけどあれもこれもきっとぜんぶ二尊院のこの景色だったはず(刷り込まれた記憶)観光客もすくなくてこの景色を独り占めできたのすごくしあわせだったー。本堂に並ぶ釈迦如来と阿弥陀如来の二尊が尊くて、静かな中でじっくりと対面できたのもしあわせな時間でした。

 

椿の花手水と勅使門から見る本堂。勅額は後奈良天皇のもの。

 

 

苔むす庭園が美しい祇王寺の「虹の窓」と称される吉野窓。仏間には平清盛に捨てられた祇王とその妹・祇女、母刀自、祇王が捨てられるきっかけとなった仏御前の像とともに清盛の像もあったのですが、柱の陰に置かれていたのが、まあ、そらそういう扱いになるやろという感じでおもしろかったです。清盛の歴代彼女たちが晩年を過ごしたお寺に、なぜその諸悪の根源(言い過ぎかもしれない)の清盛まで一緒に祀ってやらねばならぬのだ。果たして彼女たちは納得してるのだろうか。

 

 

祇王寺の上にある滝口寺へ。明治維新で廃寺となったのを昭和初期に祇王寺と同時期に再建されたもの。滝口入道と横笛の木像は鎌倉期のものだそうですが、丁寧に扱われているとは言い難い。夏は草木が大変そうなので訪問が冬の時期でよかったとおもいます。マニア向けとか言われてるのすごいわかる(わかる

 

あだしの念仏寺へ。

葬送の地であるあだしのに野ざらしとなっていた遺骸を埋葬したとされる西院(さい)の河原の石仏たちに足がすくんだ。気軽に入ってはいけない空気を感じるけど、ここはもはや観光寺院で、たくさんの人が多くの無縁仏たちにシャッターを切る。疚しさを感じながらもデリカシーのないふりをして同様にカメラを向けるわたしもきっとなんらかの恨みをかっているようなきがする。ごめん。

 

愛宕(おたぎ)念仏寺へ。ここも廃寺となっていたのを昭和30年から復興が始まり、一般参拝者たちが彫った1200体もの羅漢像たちがこれら。なるほど。外国人観光客に大人気で、体感ではわたし以外みんな外国人だったのではないかというレベルでした。

午後も過ぎ、お昼ごはんです。愛宕念仏寺前の鮎料理屋さんも気になったけど、ビッグネームに惹かれて泉仙へ。二段のお弁当が美しい~~。鮎のお茶漬けが2300円ならこのお弁当が2600円なのお得すぎない??時間が遅かったせいか貸し切りだったので、おひとりさまでものんびりゆっくり堪能できました。

ひとり旅を10回ほどやってきて、朝ごはんと夜ごはんを一人でお店で食べるのが苦手だなあとようやく認めることが出来ました。その分ひとりランチのハードルの低さといったら。夜にもランチと同じようなメニュー出してくれないかなっておもうことが多いんだけど、夜は大人数でアラカルトをシェアするのが正しいんだろうなとはわかるから、じゃあ無理に外で食べなくてもいいかなってようやく思えるようになりました。京都だったら、老舗の料理屋さんのお弁当をデパ地下で買ってお宿で食べるのが一番いいよね、もしくはおひとりさまにも優しいチェーンのお店に入るのが心に負担がかからなくていいんじゃないかな。今回はそういう方針で食事をとったのが功を奏した気がする。

嵐山を後にして、JRで京都駅まで戻り、バスの時間まで少しあったので駅近くの東本願寺の飛地境内・渉成園へ。飛び地ってロマンがあってすき。

 

早咲きの桜越しの傍花閣と、オブジェのような高石垣。過去の二度の火災の際の瓦礫で作られたものだそう。

京都モダン建築で行けなかった重信会館。蔦の絡まり具合がすごい。中から見てみたい。

お昼の泉仙がまだおなかにのこっているので、夜ごはん食べずに帰りまっす。

お土産はSHIZUYAPANで買ったあんぱんたち。小倉山に行ったので小倉餡が食べたくて。

 

次回は、祇園祭りの後祭を予定。