茶の間でおま。

本とかテレビとか宝塚とか。

又吉直樹「火花」(48)

第153回芥川賞受賞作品。 

火花

火花

 

先入観なく読んだつもりでしたがやっぱり漫才のお話しなので中の人に思いを巡らしてしまうのはしょうがなかったかな。なんだ私小説か、ともおもった。ジュニアの結婚で沸いた日だったので神谷さんが千原さんで脳内再生されてしまってたいへんだった(おもに終盤あたりで)どうやらモデルは違う人のようだけれど、そのことは重要ではない。

冒頭の花火大会での漫才のシーンは少し入りずらくて、おお、これが純文学かと芥川賞苦手意識がむくむくもたげてきたのですが、神谷さんと出会って会話の中で繰り広げられる漫才あたりですっかり引き込まれました。使われる言葉のセンスが好みで、それは奇をてらった言葉遣いではなくふつうの言葉なんだけれど、メモしておきたくなるような文章があちこちにあった。

これが芸人をやめる芸人の話だなんて知らなくてラストステージの場面では号泣しました。神谷さんと出会った時の地獄漫才につながる「死ね!」の連呼。生きろと言われて泣く人たちの姿。

神谷さんが言った、「同世代で売れるのは一握りかもしれんけど、淘汰される中でうまくなったり面白くなったりしてるはずだから、その淘汰された人たちもこの世界には絶対に必要で、そしてすべての芸人にはそいつらを芸人でいさせてくれる人たちがいる(大意)」って言葉に号泣しました。

実は今日は月組の集合日でして気もそぞろで落ち着かないんですけれども、その前日に読んだらあかんやつでした。

芸人をジェンヌに置き換えるとほんとに涙が止まらなくて。トップコンビだけが存在する宝塚なんて何もおもしろくない。途中で淘汰されていく人たちの後ろにもたくさんの人たちが存在する。わたしもその一人だ。おそらく今日、また、すみれの園を去ることを決めた人たちの覚悟を知ることになるのだと思うと、その覚悟をしっかりと受け止めなくちゃいけないなって自分もまた覚悟を決めたのです。