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茶の間でおま。

本とかテレビとか宝塚とか。

東野圭吾「人魚の家」(16)

作家デビュー30周年記念作品。 

人魚の眠る家

人魚の眠る家

 

わが子が脳死状態になった時、それを死と受け入れられるか。

という大きな命題があったわけですが、薫子の行動に嫌悪感のあったわたしは無理やり機械で生かしておいたところで意味なんてないやん、っておもってしまったのだけれども、いざわが子がそういう状態になったらそれをちゃんと死として受け止められるかどうか自信はないです。わが子に対して狂うことができるのは母親だけ、という言葉には頷かざるを得ない。自分のこととして考えると、無駄な延命治療なんかしないでいいからさっさとドナーとして臓器を提供したいと思ってるんだけど(意思表示もしてる)でもうちの旦那はそのことに反対で、昔骨髄バンクに登録したいと言ったらひどく反対された。健康な体にメスをいれる()ということにどうしても抵抗があるらしい。そのせいで立ち消えになってしまったけど、わたしは旦那がそういう状態になったらたぶんさっさと臓器移植に賛成すると思うんだけど、わが子となると・・・うーん、どうだろう。やっぱり心臓が止まるまでは手元に置いておきたいと思うんだろうか。まぁそもそも一般家庭においては高額な治療費が出せないけどな・・・それなら誰かのからだの中で子の一部が存在してくれたらそれが救いになるような気がしないでもないけど、当事者になってみないことにはわからない。ならずにすむならそうであってほしい。

それにしても古き良き東野圭吾といった趣で、どうしても古臭さは否めなかった。